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【特殊議題】食事介護は本当に必要?~後編~

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運営
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後編になります。

 

 

前編でおさらいする?

【特殊議題】食事介護は本当に必要?~前編~
食事介助は本当に必要な事ですか? イベントにて徹底討論しております。 ご意見お待ちしています。

 

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参加者
参加者
経管栄養(口腔ネラトン/経鼻/胃瘻)にしてまで…と、
口からの栄養(食べる)に拘る事は大切だとは思います。
でも、口から食べないから「生きたくない」「死を意味する」では
無いと云う事を知って頂きたいと思います。
口から食べなくても、例えIVHからでも、
身体が生きようとしている間は、栄養は入ります。
本当に、身体がもういいと判断すると、どんな栄養も入らなくなるのです。
医療も、栄養は入れられない・水分と薬しか入れられない、
水分量も最小限しか入らない、となります。

 

『自分は食事介助を2つに分けて考えてます。
①娯楽(楽しみ)としての食事
②栄養摂取(延命処置としての食事)』

 

(上記前編の内容より)

①は、胃瘻の方だって
お楽しみで口から食べますよね
でも、①が成り立つのは②があるから。
仰る通り、食べられなくなる事は死に近い状態になっている事。
でも、食べらないって、口から摂れないって事だけでは
決して無いと思ってます。
身体が栄養を受け入れるか・受け入れないかは、

ターミナルでは本当に考えさせられるのです。

身体が生きようとしている限り、栄養は入るけれど、

もう終わりにしたいと身体が決断すると、栄養は入らない。
本当に入らなくなるのです。
(IVHなら浮腫、経管ならば逆流性の嘔吐や下痢。

身体が栄養を排除するのです。)

ちょっと議題からはズレてしまいますが、

そもそもの議題で(食事介助無い方いませんから)、
読んでいて、ある意味食事介助の技術を持たずに
食事介助に入るって衝撃的で
(何で研修無いの?手技として絶対必要でしょうに)とか
食事介助がサービスで無いとか本当によく分からなくて
(摂食指導って専門的な技術ですから)

 

 

参加者
参加者

以前に食事がミキサー食で

水分がトロミの利用者さんの口にかっぱえびせんを

一本入れてあげました。

 

その利用者さんは嬉しそうにゆっくり咀嚼し、

美味しそうに飲み込んでくれました。

 

経管栄養とは口から食べる為の応急処置であり、

経口摂取が可能になれば外すことが前提です。

 

経管だからもう経口摂取が出来ない訳ではありません。
施設や職員がリスクと手間を惜しんで食べさせないだけです。

 

IHVでも終末期になりご家族から饅頭をもらい食べた事例もあります。

 

食べる能力とは、本来は人間の最後まで残る能力なのです。

治療だから延命だからと、

安易に経口摂取能力を取り上げる事に違和感を感じてます。

 

経管やIHVの方は誤嚥しないとおもわれがちですが、

実際は口腔内のカビや食道を逆流した栄養液を

飲み込み誤嚥性肺炎になるケースは多くあります。

 

食事は大切な意味があります。

 

今施設で行われている②は、

治療にも延命にもなってないのだと思います。
介護保険においても食事介助にはあまり関心をもってらず、

それゆえに現場でも軽視されてます。
とても危険なことですね

 

 

参加者
参加者

食べる機能は、最初から備わっているものではなく、

発達し獲得していくものです。

 

ご高齢者の食べる機能の低下は、

一度完成された機能の低下で、肢体不自由・重心などの

運動発達遅滞がある障がい児者の場合は、

一度も完成されたことの無い機能未発達という

大きな違いがある事をまず知って頂きたいなと思いました。

元々の中枢神経の障がいによる運動障がいがあり、

口周辺や口の中の過敏、咬反射や吸啜反射が残ったまま、

お口の中はまだ乳児期のまま(軟口蓋が大きい)

大人になっている方々にとって、

経管栄養は、経口だけでは充分に摂りきれない

大事な栄養を補完してくれるものでもあります。

 

勿論、経鼻のチューブは誤嚥リスク高いですし、

IVHは最後の選択肢と思いますが

(消化器官を通さない栄養については、感染症リスクだけでなく、

腸粘膜の萎縮や腸のバリア機能低下があるとされてますし)

経口や経腸が難しくなった場合は、必要と考えます。

治療や延命で、安易に経口摂取を取り上げる事は

勿論よくないと同感ですが、経管を選ぶ事で、

お楽しみで食べたり、日常生活が送れたりする方々もいます。

(呼吸器や酸素、ペースメーカーとかも同様で、只の延命ではなく、

豊かに生きるために必要なものという点では同じでしょうか。)
経管栄養も、ミキサー食をプッシュして、

口では無いけど身体で味わうやり方も増えてきています。

食べるという行為が、人間の基本的欲求であり、

生活の質を左右するものであるという認識は、

そもそも高齢者福祉から拡がってきたもので、

NST(栄養サポートチーム)の整備も、

増加する高齢者の褥瘡に対する治療に端を発します。

栄養の改善・口腔機能の向上が、介護予防で取り入れられた事で、

摂食/嚥下障がいに対する社会的要求や関心が高まってきたはずなのに、

何故、高齢者福祉の現場がそんな事になっているのか、

正直理解に苦しみます。

何故?

 

 

参加者
参加者

そもそも栄養管理なんて

真に現場で出来るものでしょうか?
また、食事摂取量10割に近ければ正常?

1割近くなら異常?

このような雰囲気もありますよね?
サービス担当者会議で家族に伝わるのは

平均何割食べてます、みたいな。

血液検査等でやっと栄養の詳細がわかりますが
それすら本当に必要な事なのか。
あくまでも高齢者という視点ですが。

 

 

参加者
参加者

食事の提供が介護サービスで
食事介助は介護技術では?

一度食べられなくなったご高齢の方々も
摂食・嚥下訓練により再び口から
食べられるようになっていくと
QOLは向上します。
誰もが皆んな食べられるようになるとは限りませんが、

適切な対応をとれないために、

食の楽しみを奪ってしまう事の方が怖いです。

摂食技術って高齢者福祉の現場では
そんなに重要視されていないものなのですか?

 

 

参加者
参加者

現場で重要視されてるのは、

加算になるかならないか?です。
食事の提供や管理に加算はたきますが、

介助技術に加算はつかないです。
現状では食事介助は詰め込むだけで、

食事でのQOL向上などは………無いですね( ´-ω-)

 

 

参加者
参加者

重心も、nurseかリハ職が行う場合しか、

加算とれないのは同じくだったと思います。

加算の問題ではなく、
食介は、日常生活支援のひとつで、

口腔機能の評価・姿勢と介助方法に加え、

食形態・量・栄養面の評価をしながら、

個別に検討するのが重心だと普通なので、ちょっとビックリです。

教えて下さって有難うございます。

高齢者対象の摂食についての研修って

割とあるのに勿体ないですね。
楽しく、誤嚥しないように召し上がって

頂く工夫って凄くやりがいがある支援なのに。

 

 

参加者
参加者

加算減算。運営には必要な要素でしょうが、

そんな利益を重視した仕事に介護は無縁でありたいと思いますね。
でなければ結局金儲けのサービス。主旨が変わっていますし

 

 

参加者
参加者

もっともですね。
しかし施設運営もシビアですからね。

加算減算に目くじらをたてるのもわかります。
僕らは加算減算を越える食事介助の有用性を訴えないとですね。

 

 

 

参加者
参加者

看取りに力を入れている

ユニット型特養の介護士だった時のエピソードです。

要介護5、脳梗塞、認知症、寝たきりの女性。

田舎の10人兄弟の長女として、

姉妹の世話を必死でしてきた方でした。

口内炎がひどく、もう、食べ物は口に入れるだけでも

苦痛だったと思います。

もちろん、治療はしていましたが、

治るどころか、食事をするたびにひどくなるような状態でした。

それでも彼女は職員の介助するスプーンに

口を開け続けました。ひどい痛みに耐えながら。

ある時、その女性の長男さんが

食事介助に来てくださいました。

その特養では、家族の介助や協力を積極的に受け入れていました。

特に、食事介助には非常に時間がかかったため、

現状を知っていただく目的もありました。

その日、長男さんの差し出すスプーンは

口に入れませんでした。

看取りケアに入っている方には、

ご家族も含めて毎週のカンファレンスを開催しています。

そこでの長男さんの言葉が忘れられません。

『母は、職員さんに気を遣って、食べたくもない食事を摂っています。

もう、たべさせないでやってもらえませんか?』

介護士としての自信、誇り、すべてが覆るほどの衝撃でした。

この状態になっても、彼女はわたしたちに気を遣って、

わたしたちに仕事をさせてくださっていたんだ。

それから、介護士の仕事はまったく違うものになりました。

彼女が好きだった音楽、本の朗読、体のマッサージ、

呼吸が苦しそうなときには看護師に教えてもらった、

肺を外から押すような呼吸補助。

食事介助の時間を、彼女が心地よいと思うことに変えました。

少しの水分補給のみ、口から摂るだけになりました。

笑うことが増えました。

最期の時は長男さん家族に看取られて特養で迎えました。

長男さんから、介護士の方には厳しいことを言ってしまったが、

聞き入れてもらえて本当にありがたかったと。

食事を介助してもらってまで、食べたいですか?

 

 

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参加者
参加者

 こちらのイベントで話し合う内容での

大多数がそれでも生きてもらいたい!ですね。

食事介助は前提さえ整えば必要なんでしょう。

しかし支援としているか?

私はそこを問いたいと思っています。

どう思われますか?

 

 

参加者
参加者

支援としているか?にあまり意味を感じないのですが、

もう少しわかりやすく教えていただけますか?

命は長さではない、と常々思ってます。

 

 

参加者
参加者

少しベクトルの違う内容でしたね

私が言いたいのはその人の意思を尊重せず、

満足度や業務の一環として介助するのは正しいのか?

 

食べたい、生きたいという意志があるなら

介助ではなく支援していくのが望ましいのではないか?
支援は自立を促していく位置付けにあります。

 

例え手づかみで食べようと、

それはその人の生きたい意思の現れであり、

スプーンとか使わないとダメというのは

それこそそのサービス提供者のエゴだと。

具体的には手づかみなら取りやすい食器ではなく、

重い食器にして少しでも自分の力を高め、

自立を維持してもらう。

敢えて食器との距離を遠くして姿勢の維持に苦労してもらう。

そんな攻めの手伝いこそが支援。

ただ、出来ないことを補うだけでは本当の支援ではなく、

介助としてしか存在出来なくなる。

私が言いたかったのはこういうことです。

命の長さよりその人がその人でいられる時間を

支援するのが介護の本質でしょう?

 

 

参加者
参加者

ですね❣️

そこまでの想いを持って介護する人が、

果たしてどれくらい現場に生き残っているのか⁉️

甚だ疑問ではありますが。

 

 

参加者
参加者

食事を摂ることは楽しみでもあり
生きていく上で必要な栄養を摂ることになり、

生命の力にもなります。

高齢になれば、様々な機能の低下がはじまります。
咀嚼、飲み込みも同じです。

食べ物を受け付けなくなっても、

すぐに寿命が尽きるものではなく、

体内にある栄養を使い切り寿命が尽きると思います。

ご自身の意思で食べれるなら、

手で食べてもかまわないと思います。

 

ただ、その方の体の機能が低下したり、

見ることが出来ず自分の口に食べ物を

もって行けない方なら食事介助は必要だと思います。
本能的に口元にスプーンを持っていった時に

口を開けて食べるなら、食べたい意識があると思います。

むせ込み、痰が絡む
口腔内の衛生、咀嚼する際の筋肉
食べる姿勢などが大切になるのではないでしょうか。

 


 

イベンター
イベンター

今回の特殊議題如何でしたでしょうか?

皆様も共感出来る事もあったのでないでしょうか?

こちらイベントは終了していますが

是非コメント頂けますと幸いです。

 

 

 

コメントはこちらから

  1. 匿名 より:

    食事は出来ることならご自身で食べて頂きたいです
    ですが、食欲の有無、嚥下の問題等で
    自力で摂取出来ない方もいらっしゃいます
    そこで食介が必要になるのだと思います
    家族からの依頼で本人の意思ではない確かに…

    ですが、認知症などで判断能力を無くした方には
    家族が必要と判断し依頼するしか無いと思います
    食べられなくなったら終わり…などと考えた事は無いですね

    実際食べられなくなったら本人も家族も医者に相談するだろうし
    そこで食事に代わる飲み物が出されたり
    少し前までは胃瘻を造設する方もいましたよね
    今は安易に勧めないようですが
    食に興味を持ってもらう働きも必要に思います

  2. 匿名 より:

    議題から少しそれるかもしれませんが、胃瘻、あれこそ、ホントに必要ですか?

  3. 匿名 より:

    食事介助の必要性ですか。
    ご家族の希望とか本人の希望とか聞けるのはまだいいですが、ご家族がおらず、
    病気のため意思疎通が難しい方もいますよね?
    そういう方に対する介助は本当にご本人の希望に沿った介助が出来てるか試行錯誤ですね。

  4. 匿名 より:

    私の義母は強度の認知症で食べ物が認識出来なくなり
    貧血がひどく輸血目的で受診しましたが
    輸血よりも胃瘻の造設をして、栄養を入れないと命に関わると
    医師に言われ同意書にサインし胃瘻の造設をしました
    胃瘻の抜去、誤嚥性肺炎を繰り返しました

    胃瘻になって1年
    もう口から何かを食べるのは難しいかな…と話していましたが
    ある日隣の人の食事に手を伸ばし自分の口に…と言うことがあり、
    その日から嚥下のテストをして昼だけ経口で食事を撮るようになりました
    胃瘻造設に同意しないと命が助からない
    そこまでして行きたいのか?と仰る方がいるのだと思います
    多分その時家族は胃瘻にしてでも生きて欲しい…と思ったのだと思います

  5. 匿名 より:

    動物は食べれなくなったれら死にますからね。
    そのまま人間に当てはめるのもどうかと思います。
    いわゆる尊厳死の問題です。

    最近議論されなくなったけど、尊厳死の問題はこれから必要になると思います。

  6. 匿名 より:

    子供の頃、腕の骨を折った時、母が食べさせてくれました。
    それと同じではないのでしょうか?
    今、生きているから食べる。
    自分で食べれないから手伝う(介助する)の単純な事だと思います。
    食べ物を口に運べば口を開ける。
    それは食べるという意思がしっかりありますもの。
    食べたくなくなれば口を閉じますし。
    食べさせ方(食事介助の方法)はしっかり考える

  7. 匿名 より:

    私の祖母は施設で最後の生活を送りました。
    そのときいつも死にたい死にたいと言っていましたが、やはり食べていました。
    生きている限り、生への執着はあると思います。
    しかし理性では醜態をさらしたくないと思っています。

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